久しぶりに思い出して。

今夜は久しぶりに以前ソニーの社長だった出井伸之さんのことを思い出しています。彼が社長になった1995年、広告の部門長としてキラリと光る人、というイメージだった出井さんが突然社長になってびっくりしたのだけど、インターネット、ITの今と将来を理解創造しながら走るグローバル経営、出井さんは明らかに最強の経営者でした。しかし私はついに出井さんと直接お話することもなく、出井さんが社長を退く数年前に会社を辞めてしまいました。 私にはとにかく会社がでかすぎて、巨大な船みたいな感覚が常にあって、これどうしたらもっとうまく動くんだろう、ってよくわからなかったです。部門の壁の乗り越え方も私にはよくわからなくなりました。今日は「事業を集中選択すれば良かったのだ」って当時のマネジメントを酷評する論を見たのですが、ソニーは日本の企業で、日本では思い通りに事業を集中させたり選択したりできません。社員を合理的に解雇する方法がないからだと思います。ソニーの不幸は、ソニーが日本企業だったからだと私は思います。
追記:事業売却という手法で会社を小さくする、というのは可能だったのかなぁ。ピュアオーディオを売却とか、テレビ事業、、、、いやエレクトロニクス事業そのものを売却とか(笑)、矮小化して成功する、それが株主の欲求をもしも高く満たすならばそれが良かったのかもしれないですね。なるほど、、、。

久しぶりに思い出して。」への3件のフィードバック

  1. ども、いつもTwitterではお世話になってます。こちらでは初コメになります。これ読んで、今日のhanchanさんの思いのベースが解りました。SONY出身だとなかなか社風的に難しいですね.
    SONYが駄目になったのは、出井さんの経営方針よりも、今日話したモノではなく体験をマーケティングすることについてカンパニーレベルで消化できなかったから。僕らはずっと大崎の方々と一緒にお仕事してきたので実感してます。例えばエアボードとかiPadになれたはずなのに、単に無線LANでテレビ映像を飛ばすハードだけつくちゃったから駄目だった。機能やスペックではなく体験を提供できなかったから。
    このことは、そのうちじっくり話しましょう。
    御社のビジネスにも大きく関わると思いますよ。

  2. ta_tsuさん、今日はありがとうございました。またコメントもありがとうございます! シーズを単なる直接的な便益までしか描けなかった製品、そんな事例もたくさんありますね。ウォークマン神話までさかのぼると古すぎますが、斬新なユーザー体験の可能性に創業者も確信を持って気付いた事例でしょう。ソニーの中にうまくいろいろ翻訳できる人材はほんの少ししかいませんでした。できる人材同士はすぐにお互いわかりあえる、そんな感じではないでしょうか。

  3. 今日の僕の立ち位置は、Appleの製品サービスが素晴らしい、と感じ愛着を持つ自分だけど、しかし一歩引いて、違法なコンテンツ流通、ファイル共有、アダルト、などを欲する欲求に、うまくAndroidが応えたりして、なりふり構わぬオープン戦略で圧倒的なシェアを築くとかの可能性とか排除出来ないのでは、とかとか、全然好きでも優れてるとも思えない陣営が、しかしこの先勝利するかもしれない、という可能性にも一応立脚してみた、という感じです。当然どちらも、やりようによってはありうるだろうから、怖いと思っています。語り切れませんがそんな気持ちですねー。サインと関係薄そうなので、合宿の放課後の話題として、しごいて下さい!笑汗。

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